35mL 14,300円 全8色 SPF20・PA+++
7月に発売された、クレ・ド・ポー ボーテの新作ファンデを使ってみましたのでレビューします
いますぐ クレ・ド・ポー ボーテ タンフリュイドエクラ マットを買う!
いつもリクエストいただいていてる”まりん様”にリクエストしていただきました。
ありがとうございます
今回の「タンフリュイドエクラ マット」ですが、名前に「マット」と付いていますね。
カバー力高めのマット肌になるような感じでしょうか。
チェックしていきたいと思います
\記事の内容を動画にしてみました/
クレ・ド・ポー ボーテ タンフリュイドエクラ マットの特徴
まずは、公式サイトなどの情報から、アイテムの特徴をまとめてみました。
- ダイヤモンドの光構造に着想を得た輝きのある仕上がり
- 絶妙なカバー力と時間が経っても崩れが気にならない持続力
- スキンケア効果とメイクアップの双方からより肌を輝かせるハイブリッド技術構造
このファンデーションは、3度の感動をもたらすんだそうです。
1度は「お肌に塗った瞬間、絶妙なカバー力や程よいマット感」。
2度目は、「時間が経ってもくすみやヨレのない化粧持ちの良さ」。
3度目は、「そのスキンケア効果」で、お肌に潤いを与え、より多くの輝きを内分に取り込める肌環境にしてくれるとのことでした。
また、ダイヤモンドの光構造に着想を得て開発されています
影の部分にも肌の内側から明るく光を照らし、シミや色ムラばかりでなく、シワや毛穴などの凹凸も目立ちにくくしてくれる効果があるのだそうです。
色数は8色で、色見本はこんな感じです。
購入色は、【オークル20】です。
ボトルは、ポンプ式になっています。
タンフリュイドエクラ マットを使ってみた感想
こちらのアイテムは、一言で言うと、「簡単に使えて、最終地点となるようなファンデーション」です。
リキッドですが、肌に伸ばすと適度にサラっと仕上がるので、これ1つで完了できます。
仕上げ用のパウダーは、特にしなくても大丈夫です。
リキッドだけど塗るとパウダー感がある、そんな「夢のようなファンデ」です。
単にベタつかないだけでなく、パウダーによる仕上げがなくても大丈夫なくらいカバー力もあります。
リキッドに、しっとりとしたフェイスパウダーをたっぷりと使ったような仕上がりです。
もし、すごくぴったり好みに合うものを買ったとしたら、もうそれ以上のものは求めなくなりますよね。
そんな感じで……
カバー力があるからといって、わざとらしくなく、保湿力があるからといって、崩れやすくもなく。
自然だが、お化粧感がないわけでもなく、むしろしっかりお化粧している感じなのに、嫌味がなく簡単、と、そんな感じです。
値段はかなりお高いですが、普通より5ml多い35ml入っています。
それほどたくさん使わなくても大丈夫なので、これだけのメリットがあるなら、買っても損はないでしょう。
個人的な感想ですが、「肌が若く見えるような効果」も感じられます。
ただ、40代の肌にこのファンデははたして必要か?と思ってしまうところもあります。
40代なら、まだ、それほどのエイジングケアは要らないと思います。
仕上がりのことを言えば、「シンクロスキン セルフリフレッシング ファンデーション」でも、完璧でイイ感じだし。
もっと言えば、ケイトのパウダリースキンメイカーでも、簡単に済ませられるフィット感は似たものがあります。
クレドのファンデは、50代、いや、60歳以降まで「楽しみに取っておく」というのもよさそうです。
それでも、「最近顔が老けてきた感じがして嫌」とか「肌の乾燥が砂漠のよう」とか、「クレド命」とか「お金が余ってる」とか、そういう方はもちろん使ってみても良いと思います♪
タンフリュイドエクラ マットの質感や使い方
やはり、マットな質感なので、タンクッションエクラとか、タンクレームエクラとかよりは、しっとり感は少ないです。
逆に、40代くらいなら、このくらいの保湿力でちょうどいいのかもしれません。
塗るとサラサラになるので、少々伸ばしづらいです。
ブラシで塗ると適量がわかりづらく、スポンジだと薄付きな感じに仕上がります。
手で付けていくのが、自分に一番よい量がわかっていいかもしれません。
先に、ざっと全体的にスポンジで広げて、頬の三角ゾーンだけ手で塗る、というのがベストかもしれません。
ビフォーアフター
ビフォーアフターは、こんな感じになりました。
頬の部分はけっこう多めに塗りましたが、シミが少々透けてます。
もう少しシミにボカシが効いていても、いいかもしれません。
マットといいながらも、ツヤ感も持っているので、すごくナチュラルな感じとも言えます。
ああもこうも言っているので、「いったいどんななんだよ!」と思う方もいるかもしれませんが……
そのくらい微妙な仕上がりだということです。
最高は、どこかに傾いているのではなく、「限りなく中間」なのかもしれません。